東京高等裁判所 昭和31年(て)32号 決定
被告人 藤村喜平
〔抄 録〕
本件申立理由の要旨は、被告人藤村喜平に対する窃盗被告事件について昭和三十一年七月十九日東京簡易裁判所が言い渡した有罪の判決に対し被告人から控訴の申立をなし、原裁判所は同月二十一日その制限住居を埼玉県北足立郡蕨町四千七百四十二番地磯方に指定して被告人の保釈を許可し、爾来被告人は右制限住居において謹慎し、控訴趣意書差出期間の通知を鶴首していたところ、被告人不知の間に同年十月十三日付で右期間内に控訴趣意書不提出の理由で控訴棄却の決定がなされ、かつこの決定は同月十五日被告人に対し書留郵便に付する方法によつて送達し、確定したとして、突如同年十二月七日被告人は刑執行のため収容された。しかしながら、右のごとく、本件控訴棄却の決定があり、確定したことについては被告人の夢にも知らないところであり、もとより被告人は保釈後裁判所より何らの通知にも接していないのであつて、余りにも奇怪の成行につき、代理人において裁判所に出頭し記録につき調査したところ、記録編綴の保釈許可決定書原本には被告人の制限住居を埼玉県浦和市北浦和四丁目三十番地和光荘内と指定したことになつており、保釈に際し被告人に下附された保釈許可決定書謄本記載の制限住居(前記同県北足立郡蕨町四千七百四十二番地磯方)とは相違していることが判明した次第であつて、右は結局自己又は代人の責に帰することができない事由によつて、本件控訴棄却決定に対する上訴権を喪失したものであるから、これが上訴権を回復せられ、かつ前記控訴棄却決定の取消を求めるため本申立に及ぶというにある。そこで本件記録(昭和三十一年(て)第三二号上訴権回復の申立及び昭和三十一年(う)第二、二五五号被告人藤村喜平に対する窃盗被告事件記録)を調査し本案記録編綴の保釈決定書原本及び送達報告書を査閲すると、原裁判所は昭和三十一年七月二十日被告人の住居を埼玉県浦和市北浦和四丁目三十番地和光荘内と制限して保釈許可の決定をなし、同決定書謄本は検察庁に対しては即日、原審弁護人に対しては同月二十一日交付送達し、同日被告人が釈放されたことが認められるのであるが、本件申立代理人提出の被告人に下附された裁判所書記官釘宮信典作成の保釈許可決定書謄本をみると、その決定の日付は同年七月二十一日、制限住居は埼玉県北足立郡蕨町旭町四七四二番地磯方となつており、かつ東京区検察庁に送付された右保釈許可決定書謄本によるも、決定の日付、及び制限住居並びに謄本作成者氏名ともに被告人に下附された決定書謄本の記載と符合していることが窺われ、結局記録編綴の保釈許可決定書原本と被告人及び検察庁に交付された同決定書謄本とはその日付及び制限住居の点において相違していることが認められるのである。そこで更に進んでこの点につき原審裁判所に調査方を依頼した結果、原審裁判所は昭和三十一年七月二十一日、制限住居を「埼玉県北足立郡蕨町旭町四、七四二番地磯方」と指定して被告人の保釈を許可し、即日係員において保釈許可決定書五通(原本用一通、謄本用四通)を複写にて作成し、原本に裁判官の認印を受けた後検察官及び弁護人に謄本を即日交付送達したが、その後原本紛失に気づいた保釈関係事務担当係員において保釈許可決定書原本を万年筆で再製してこれを記録に編綴したのであるが、制限住居については判決書記載の「埼玉県浦和市北浦和四丁目三十番地和光荘内」と記載し、決定日付も原本と相違した「昭和三十一年七月二十日」と誤記した結果以上のごとき相違を来したものであることが判明したのである。したがつて、被告人に対する保釈制限住居は埼玉県北足立郡蕨町旭町四、七四二番地磯方が正当であり、右住居以外の場所に宛てた当裁判所の控訴趣意書差出期間通知書若しくは控訴棄却決定書謄本送達はいずれも以上のごとき過誤に基くものであつて失当であり、その効なきものといわなければならない。すなわち、本件控訴棄却決定に対する上訴権回復の請求並びに異議申立はいずれもその理由があるから、本件控訴棄却決定はこれを取り消すべきものとし、主文のとおり決定する。
(花輪 山本 下関)